「何もできない、やる気も出ない、けど何かしたい…」発達障害の無力感に向き合う方法とは?

何もできないけど何かやりたい無気力感 考えかた

私のような発達障害もちの人間はいつも失敗と隣り合わせの人生を歩んでいる。

なにかをするたびに失敗をして、じゃあ次はどうすればいいかと悩みながら色々と模索を繰り返す。

そうやって自分にできることを探していかねばならないのだが、そういう生き方をしていれば、どうしても心が疲弊してしまうときがある。

前向きに生きようと、から元気を出そうと、自分を奮い立たせようとするものの、突きつけられる厳しい現実によって、足元に“無力感”が絡みついていく。

振り切ろうとしても、次第に足は動かなくなり、やがて「いくら頑張っても自分にはなにもできない、もう疲れた……」と、その場に跪いてしまう。

どれだけ頑張ったとろこで、それが上手くいく保証なんてないし、普通の人と比べれば明らかに劣っている自分は、なにも成し遂げることができずに終わる可能性の方が高い。

集中力もない、体力もない、情熱もない、不器用で、打たれ弱くて――と、無いことづくめの人間が、自分を奮い立たせるには、もはや自分の力だけではどうしようもないわけで。

そもそも私は持たざる者なんだから、自分の中にあるものなんてたかが知れているのだ。

だったら、それを補ってくれる存在が必要になるわけで、私にとってのそれが“読書”なのである。

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何かをやるには、何かを知る必要がある

「何かやらないと……でもなにをすればいいか分からん……もう無理、なんもできん……」

自分の知っていることだけで考えようとすれば、必ずブチ当たる壁だ。

いくら知恵を絞ろうとしても、何も知らないのだから分かるわけがない。

けれど、考え方一つで視点が変わることも、思いもしなかった道が見つかることもある。

行き詰まるということは、今の自分にインプットされていることだけじゃあ不足している証拠なのだ。

行動に移せない。アウトプットができない。何もできない。だからやる気も出ない。

そんなときは焦って行動しようとするのではなく、一旦落ちついて “知ること”時間を使うべきじゃないだろうか?

いわば知識の補充期間。

そして、それを手っ取り早く知る方法として、多くの人たちの経験や考え方が書かれている”本”を、私は糧としているわけだ。

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どうせ行き詰まっているんだから、落ち着いて本でも読むといいさ

人生に行き詰まっているときの人間は、ものすごく視野が狭くなってしまう。

行き止まりの一本道しか見えなくなってしまう。

だったら、ちょっとそこで一息ついたっていいんじゃなイカ?

自分と似た境遇の人、自分とは違う人生を歩む人、ちょっと興味の湧くタイトルの本。

それを手にとって、パラパラとページをめくってみればいいじゃなイカ。

自分一人の知識じゃあ、いくら考え込んでも分からないことが、なんとなく目を通したその1冊が教えてくれることもあるはずだ。

そりゃあね、本さえ読めば全て解決するなんて都合うのいい話なんてあるわけないのだけど、行き止まりの前で頭を抱え込んでいるだけでは何も変わらない。

何かしようと1ページをめくるその行為は、必ず自分の糧になると私は思っている。

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