「心が繊細すぎて辛いのだが…!?」ちょっとしたことで落ち込んだり傷つく心との付き合い方

ちょっとしたことで落ち込み傷つく繊細な心 考えかた

私が抱える「生きづらさ」の中には「敏感すぎる」という問題がある。

人の心というのは鐘のように、何かがぶつかると音が響く。

それがいわゆる「感受性」というものだが、その感度は人によって違う。

私のように敏感すぎる人というのは、普通の人が気にならない刺激であっても敏感に察知してしまうことで、ストレスを感じやすい。

例えば私は「人の話し声」が気になってしょうがない。
電車の中で話し声が聞こえるだけでストレスを感じてしまう。

「そんなの無視すればいいじゃん?」と、普通の人は言うだろうけど、それがどうしようもなく気になって無視できないのだ。

無視しようとすすほど余計に気になってしまう。
だから電車に乗るときはイヤホンが必需品である。
音楽で周りの音をシャットアウトしないと、電車に乗ってるだけでストレスを感じてしまう。

壁の薄いアパートに住んでいたときなんて、神経過敏になって毎日イライラしてストレスが溜まりっぱなしであった。

夜に寝ようとしても、隣の部屋から微かに人の声がすると、気になって全然眠れないせいで寝不足だし「なんで人の迷惑を考えられないんだ!」と隣人に恨みを募らせて精神状態は最悪である。

住人同士のトラブルというのはよくある話しだが、普通の人が気にしないような音ですら、私のような物音に敏感な人間には騒音であり、とても耐えられるものではないのだ。

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精神的にも敏感すぎて生きづらい

騒音など、物理的な刺激に対して敏感なのも生きづらい原因の一つだが、社会に出てからは精神的な敏感さに苦しめられることとなった。

働いていれば失敗することは誰だってあるだろう、特に私は生まれ持っての発達障害もあるせいで、細かいミスを頻発する。

そうなれば、周りからもミスを注意されたりするわけだが、問題は、その受け止め方である。

敏感な私は、軽く注意されただけで滅茶苦茶凹む。

同じように注意されても、普通の人が「失敗しちゃった☆」と軽く済ませるのに対し、私は「自分はなんてダメな人間なんだ…」と落ち込むのである。

普通の人が軽く叩かれた程度のことでも、私はまるでハンマーで殴られたかのようなショックを受ける(まあハンマーで殴られたことはないのだが)

私のように、敏感な人間は、小さな衝撃を何倍にも増幅して体感してしまう。

敏感な人間の心は良く響く鐘なのだ。

些細なことで心が揺れてしまうせいで、常にストレスを感じながら安息とは無縁の人生を送るハメになる。

敵対心を増幅する心

職場においては、特に厄介なのが「気の合わない同僚」である。

敏感な心は、嫌いな相手に対する憎しみも増幅してしまう。

ちょっとしたことも敏感に察知してしまうので、相手の一挙手一投足が全てストレスになってしまうのだ。

ちょっと嫌なことを言われたり失礼なことをされたりすると、敏感な心はそのストレスも増幅してしまうため、相手に対する憎しみやら敵対心やらも3倍増しである。

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敏感×発達障害=最悪コンボ

私のような、敏感なだけでなく、発達障害のような欠陥をもつ人間は最悪である。

発達障害のせいで仕事では些細なミスを連発する、ミスをするたびに物凄い凹んで無力感に打ちのめされる。

敏感がゆえに、小さなミスでも心にガツンと響くから、なかなか気持ちを切り替えられない。

そしてまた失敗するという悪循環。

殴られっぱなしのサンドバック状態である。

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この敏感さとどう付き合えばいいか

「気にするな」なんて言われても、それができれば苦労なんてしないわけで。

とくに敏感なのは病気ではなく、個人の特性であるから、治せるようなものではない。

であるなら、一番の解決方法は「環境を良くする」ことである。

私の場合、壁の薄いアパートで隣人が煩くて眠れないときは、結局は引越しをして静かな環境に移ったことで解決したし(とはいえ、どこに住んでいても小さな物音を完全に消すことはできないのだが)

合わない仕事で失敗を繰り返して精神状態がやばくなったときは、自分の適正に合う仕事に転職をすることで、失敗する場面を減らすことで負担を減らした(とはいえ、仕事が合っていても職場にクソみたいな人間がいるとストレスが溜まるのは変わらないなのだが)

余裕ができると敏感さも少し軽減された

私の経験上、心に余裕がないときは普段以上に心が敏感になってしまう。

神経が過敏になっているせいで、本当に些細なことで心が爆発してしまうのだ。

仕事や人間関係がうまくいかないときは、隣の隣の部屋の話し声すら気になってしまうぐらいの敏感さである(まあ、ストレスによる幻聴だったのかもしれないが)

逆に、心が落ち着く環境に身を置くことで、それまでピリピリしていた神経が落ち着いたせいか、多少の物音はスルーできるようになった(とはいえ、話し声が聞こえるのが我慢ならんことに変わりはない)

自分の特性を矯正するよりも、余裕が持てる環境に置いてやることが大切なのではないだろうか?

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