恩着せがましい余計なお世話は嫌われる!親切に見返りを求めるのは他人に依存しているからだ

お節介な人は嫌われる 考えかた

誰からの頼みごとも快く引き受け、困っている人がいれば進んで助けてくれる親切な人は、誰からも好かれるし、逆にその人が困ったときは周囲が助けてくれる。

そういった人の行動は、善意からくる自然な優しさによるものだが、しかし、世の中には「親切な人」を演じることで満足感を得ようとする人がいる。

たとえ演技だとしても、親切な行動をするのだから悪いことではないのだが、そういう人の親切は、ときたま余計なお世話になって周りから嫌がられてしまうことがある。

残念なことに、そういう人はそれに気づけないでいることが多い。
あくまでも、本人は心から善意で行動しているつもりなのだ。

しかし、相手はその人から漂う押し付けがましさやあざとさを敏感に感じ取るので、どこか胡散臭く見えてしまい、心から感謝されることはない。

そうすると、本人は「どうしてこんなに親切にしてあげてるのに皆は私のことを好きになってくれないんだ!」と不満を感じるわけだ。

“親切にしてあげてる”という考えをしている時点で、それは純粋な親切心なんて呼べないのだが、歪んでいる人間は自分の歪みに気づけないものなのだ。

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お節介な人は他人に依存しやすい傾向がある

なぜ度が過ぎたお節介をやこうとするのか。

それは「他人に受け入れてもらいたい」という願望がその人の中にあるからだ。

気を配り親切にすることで、他者に感謝され受け入れてもらおうとする。

こうした他人の心象を操作するための親切には”自分の心”というものが存在しない。

「あの人が困ってるから助けよう」ではなく「あの人に好かれるために助けよう」なのだ。

それで相手が予想した反応をしてくれないと、酷く落ち込んたり相手に怒りすら感じてしまう。

心が他人に依存したがっている人ほど、他人に受けれてもらうための親切行為に走ってしまいがちになる。

自己中心的な親切、それがお節介なのだ。

他人に好かれるために自分に嘘をついてしまう

自分の行動に対して思ったような反応が得られなかったとき「私はここまでやってあげてるのに!」と不満を爆発させてしまうのは、日頃から無理をしているせいだ。

本当はやりたくないのに、他人に好かれるために本心ではやりたくないことを無理してやっているから、不満が溜まってしまうのだ。

これは他者依存が強すぎるせいである。
他人に合わせて自分の気持ちを捻じ曲げていては、歪みが酷くなる一方だ。

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親切という行為は素晴らしい、善し悪しは本人の心次第

ここまでに書いた内容だけ読むと、お節介な人は自己中心的なだけの八方美人に思えてしまうかもしれない。

しかし、他人への気配りができるという点では一概に悪いことだとは断言できない。

こういう人は他人の感情や場の雰囲気に敏感なので、職場では協調性も高く、コミュニケーションを円滑にしてくれるという特徴もある。

「他人に受け入れてもらいたい」という気持ちを捨てて、自然に他人と付き合うことができるようになれば、周囲の反応に振り回されることもなくなる。

無理に人から好かれようとしなければ、最後は本心から人へ親切にできるようになるはずだ。

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