完璧主義者は自分が決めた正しさやルールを他人に押し付けるから生きづらくなる

完璧主義者は他人と折り合いをつけられない 考えかた

人には様々なタイプが存在するが、こと完璧主義者というのは生きづらさを抱えやすい人種だ。

完璧主義者の悩みは大きく分けて2つある。
それは「自分に完璧を求めすぎること」と「他人に自分の正しさを強要すること」だ。

理想と違う自分を無価値だと思う、正しくない行いをする他人に怒りを感じる。

あなたは心当たりがないだろうか?

理想、正しさ、ルール、それらは秩序の象徴であり、完璧主義者は秩序を重要視するがゆえに、それを揺るがす存在を許容できない。

少し考えれば分かるように、世の中に完璧なものなど存在しない。

けれど、完璧主義者はそれを追い求める続ける、なぜなら理想に囚われている人の多くは、無自覚だからだ。

自分が正しさに縛られているという自覚がないまま、自らに失望し、他者に幻滅する。

そんな状態では生きづらくて当然だ。
そこから抜け出すには、まずは自分が理想に囚われていることを自覚することが必要なのだ。

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完璧じゃない自分を褒められない

たとえば仕事でミスをしてしまったとき「どうしてこんな失敗をしてしまうんだ」「なんで上手くできないんだ」と、ことさら自分を非難なする傾向がある。

けれど、常に完璧な結果を出し続けるなんてのは無理な話だ。
どんなに気をつけていたとしても、人間なのだからミスは出てしまう。

10のうち9のことが上手くできれば上出来だったとしても、本人はたった1つの失敗に酷く落胆してしまう。

他の人にとってはそれが感謝される程の結果だとしても関係ない。

この結果に対して「よくやったね」と褒められても、完璧主義者が見ているのは失敗だけだ。

だから「いえ、そんなことはないですよ」と、まるで謙遜しているように答えるが、実は謙遜しているわけではなく、本当に駄目だったと思っているのだ。

完璧主義者にとっては、他人の評価なんて関係ないのだ、自分が決めたルール、自分の正しさによって判断された結果だけが真実である。

完璧に囚われている人にとっては、9も0も一緒なのだ。
完璧か不完全か、正しいか間違っているか、白か黒か、常に2択でしか物事を見ようとする傾向が強い。

そして失敗が続くと、何をやってもどうせ無駄だと諦め、自分に絶望し自暴自棄になりかねない。

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ルール違反する正しくない他人が許せない

完璧主義者を生きづらくするのは、その完璧主義を他人にも求めるところにある。

「人とは正しくあるべきだ。人とは正しくなければいけない」

このタイプの人間は、自分が正しいと思える行いをした人に対しては優しを持つことができ、寛容な気持ちで接することができる。

逆に素行が悪く、ルールを破る、そういった自分の定義する正しさから外れる人間は理想を汚す度し難い存在だと認識する。

「なんでそんなことをするんだ、どうしてこうしないんだ」

こうなってしまうと、他人の正しくない部分しか見えなくなり、苛立ちや憎しみだけが積もっていくばかりだ。

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完璧主義者の苦悩を減らす方法

こんな生きづらさを抱えた完璧主義者の苦痛を減らす方法を考えてみよう。

今の自分を受け入れ成長を実感する

まず自分に対してだが、向上心を持つという点は完璧主義者の良いところである。

しかし、成功にしか価値を見出せないせいで、失敗したことは全て無駄だと切り捨てるのはよろしくない。

どのような結果であれ、努力した頑張ったことにも価値を認めるべきなのだ。

完璧ではない今の自分を受け入れることで、理想に近づき成長しようとする自分を大切にする。

完璧主義者を苦しめているのは妥協を受け入れられない自分自身であり、自分に優しさを向けてやることが、生きづらさを緩和することになる。

他人の価値観や行動を受け入れる

完璧主義者の悪い点は「自分の中にある理想やルールが全てにおいて正しい」と思い込むところである。

他人の行動が自分のルールから逸脱したものならば、それは受け入れがたい悪とみなしてしまう。

例えば、騒がしいのが嫌いという完璧主義者が、楽しそうに騒いでいる他人を見たとき「なんで静かにできないんだ」と心の中で憤慨する。

この完璧主義者にとっては、静かに過ごすことが正しいことなのだ。

しかし、それはあくまでも個人の価値観によるもので、絶対的に正しいなんてものは存在しない。

それなのに、完璧主義者は、他人の価値観やルールを認めることができないから、誰かが何かをするたびに心の中に怒りを溜め込んでしまう。

これでは生き辛くなるのもしょうがないという話だ。

自分は自分のルールで生きるし、他人は他人のルールで生きればいい。

自分にとって不要なものでも、他人にとっては大切なものなのかもしれない。

完璧主義に陥った人間は、こんな当たり前のことを気づけなくなっているのだ。

いや、本当は気づいているけれど、認めることで自分の優位性が保てなくなるのを怖れているのかもしれない。

しかしそれは間違いだ。
他人を認めることは自分の価値観を捨てることではない。

価値観は人の数だけ存在してよいものなのだ。

それを認めることさえできれば、完璧主義者は生き辛さから解放されるだろう。

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