「頭が重い・心が苦しい」鬱な気分を解消する方法は”散歩”である

鬱な心を解消する散歩 仕事の悩み

私は散歩をするのが大好きだ。

それを聞いた人からは「なんだかお年寄りみたいだね」と言われることもあるが、ストレス社会で生きている人にとって、散歩というのは皆が考えているよりも重要なことではないかと私は思っている。

よく「歩くだけなんて何が面白いのか分からない」と散歩に対して疑問を抱く人もいるのだが、その人たちは『歩く=移動する』という認識をしている。

しかし、実際には散歩と移動は全くの別物である。

“移動”とは目的地に向かうこと。その過程や手段である。

また違ったところでは、健康のために行う”ウォーキング”というものがあるが、これは移動すること自体が目的となっている。

しかし、散歩というのは歩くこ自体が目的ではないということを皆さんに知っていただきたい。
歩くことは散歩の本質ではないのだ。

スポンサーリンク

散歩の本質は感じることにある

散歩とは世界を感じることである。

“世界”なんて言うと大げさだが、それは空の青さだったり、そよぐ風の心地よさ、季節の移ろい、木々のざわめき、人の営み、町の匂い、そんなどこにでもありながら、普段は意識していないものを感じるのである。

五感を解放し、わずかな気配を感じながら歩く、それこそが散歩の本質であり、それがなければ、いくら歩いたところで、ただの”移動”でしかないのだ。

散歩で心を軽くする

移動はつまらない、散歩は楽しい

例えば通勤で目的地に向かっているときは、時計を見ながら「あとどれくらいかかる」とか「早く着かないかな」と、移動することだけに意識が向いてしまっているので、そこに楽しさは存在しない。

ただ歩いているだけだと、足がやけに疲れるし、時間だけがただ経過していくだけで、退屈だし疲れるし、もう歩きたくないと思ってしまう。

しかし、いざ会社から解放された帰り道になると、急いで歩く必要もなく、辺りを見ながらのんびりと歩けるので、商店街の賑わいや、民家から漂ってくる夕飯の香り、音や匂いを感じながら歩いていると、足の疲れなど感じることもないのだ。

むしろ穏やかな気分が心地よく感じる。

同じ歩くという動作をしながらも、感じ方一つでこんなにも違ってくるものなのだ。

いつもと違うものを観ること

私たちは常に沢山のものを視界に入れている。

しかし、視界には入っているけど、見てはいないものが沢山ある。

空を見たときの雲の形まで見ているだろうか?

近くを鳥が飛んでいるけれど、鳩・雀・カラス以外の鳥を見つけられるだろうか?

身近にあって目にしているはずなのに、普段は意識していないせいで見えていなかったもの。

いつもと違うものを観るということが、囚われた精神を解放するきっかけになるのだ。

散歩で鬱な気持ちから脱出しよう

スポンサーリンク

心を解放するということ

仕事や人間関係からのストレスや不安によって、私たちの心は常に縛られているような状態だ。

そんなときに一つの場所に留まっていると、延々と頭の中がパンクしそうなほどにグルグルと思考を続けてしまう。

ネガティブな感情やストレスから心を解放するには、思考を一旦停止しなければならない。

散歩をしながら外の空気を感じるということは、考えることとは真逆な行為である。

私たちのようなストレスを感じやすい人間は、考えないようにするのが苦手なのだ。
部屋の中でじっとしていたら、どうしても色々なことを考えてしまい、大抵が先の不安であったり失敗であったりと、マイナス感情を呼び起こすものばかりである。

頭で考えず、ただ五感で感じる。
そんな散歩が、鬱に陥りがちな私たちのネガティブ思考を抑制してくれるのである。

散歩で外の空気を感じることはうつ病を防止する役目がある

スポンサーリンク

考えることをやめて、ただ感じる時間が必要だ

感じることを忘れてはいけないと、私は自分自身に言い聞かせている。

「感じる」ということは心にとって大切な要素なのだ。

私はとても心配性で、頭の中には常に不安、恐怖、怒り、などのマイナス感情が住み着いてるせいで、常に何かを考えてしまう。

しかし、考えてばかりでは心がマイナス思考に引っ張られてしまうのだ。

心を解放してやるには、感じることが重要であり、テクテクと歩きながら空を眺めてその大きさを感じ、ブラブラしながら匂いを感じる。

散歩とは私にとって最も手軽で効果的なメンタルコントロールの方法なのだ。

もしもあなたが、感じることを久しく忘れてしまったというのなら、心のままに歩いてみるといいだろう。

コメント