パーソナリティ障害だから人が憎い?人が嫌いな原因もまた人間である

「人が憎い嫌い」パーソナリティ障害だけが原因じゃない 発達障害

人が嫌い。些細なことで他人を憎んでしまう。

間違っているとは思っていても、怒りの感情が抑えられない。

人の思惑が複雑に絡み合っている世の中で、負の感情をコントロールできないことに悩んでいる人は多い。

原因を追求していくと、最後にいきつくのは「発達障害」「パーソナリティ障害」という言葉だ。

ああ、自分は障害があるから感情をコントロールできずに人を憎んでしまうのか……

と納得してしまうところだろう。

もちろん発達障害が影響しているのも間違いではないのだろうが、果たして人を憎む原因は本人だけの問題であろうか?

それは違うのではないか? と私は思う。

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憎しみには生まれる原因がある

発達障害だから人が憎いわけではない。

障害とは負の感情を処理することの欠陥であり、負の感情を生み出す原因ではないからだ。

つまり、あたなに「憎む」ことを教えた存在がいるのだ。

それは誰か?

「人間」である。

あなたの周りにいる人間が、あなたに憎しみの種を植えつけたのだ。

ただ普通にしていただけなのに、あなたのことを侮蔑する人、嘲笑する人、否定する人。

そんな人間に囲まれてきて、どうして人が好きになれるだろうか?

どうして人を嫌いにならずにいられるだろうか?

たとえ障害があったとしても、周囲から優しさと慈しみをもって接してもらえていたら、あなたには憎しみは生まれなかっただろう。

しかし、社会はあなたを許容できず、あなたを否定してきた。

あなたは憎むべくして人を憎んでいるのだ。

社会に基準があるかぎりどうしようもない

残念ながら、全ての人を受け入れられるほど社会の懐は広くない。

あなたが人を憎むのをやめたいと思っていても、あなたを受け入れられない、もしくは、あなたが受け入れたくない人間はたくさんいる。

それがあるかぎり、憎しみは生まれ続けるだろう。

抱えた憎しみはどう処理すればいいのか

当然だが、相手がいなければ憎しみは生まれない。

あなたの中に憎むべき対象が居れば、それが憎しみを生む原因になる。

気にしない、忘れる、自分の中から相手を消す。

これだけが憎しみを処理する方法だ。

どうにか相手を憎むのをやめようと、相手のことを考えることが憎しみを生んでしまうのでやめよう。

もう一度言う、気にしない、忘れる。

それが対処法だ。

憎むべき人を憎み、愛すべき人を愛すればよい

全ての人を無理に好きになる必要もなければ、全ての人を憎む必要もない。

言ってしまえば、あなたは極端に人の好き嫌いが激しい人なのだ。

だから、100人中99人が憎いのなら憎めばいいのだ、そして残り1人を好きになれればいいのだ。

「友達100人作りましょう、たくさんの人と仲良くしまよう」
そんなものは小学校の陰謀論である。

忘れてはいけないのは「自分は誰も好きになれない」と思い込むことである。

そんなことはない。

合う人はいるものだ。

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陰陽混ざってこそ人間

人を憎まない人間などいない。

どんな人でも多かれすくなかれ憎しみの感情を持っている。

完全に心から憎しみを無くそうなんてのは土台無理な話である。

そして、障害をもつ人は負の感情の割合が多い精神構造になっている。

そういうものなのだ。

それが自分というものと認めて生きるべきである。

大切なのは自分の中の正しさを忘れないことだ。

正しさを持って生きれば、負に偏った人間であれ真っ直ぐ生きることができる。

人が嫌いだろうと、まっすぐ生きることはできる。

これを忘れないでほしい。

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