子供の発達生涯を個性で済ませると大人になってから苦労する

テストの点数と発達障害は関係ない 発達障害

発達障害という問題は子供だけではなく、社会にでた大人にこそ深刻な悩みを与える。
そして、症状からでは、それが障害であると判断しずらいという特性により、周囲からの理解を得ずらい。

軽度の発達障害であれば、通常の生活をしているだけでは普通の人と大差なく過ごすことができるので、本人ですら大人になるまで自覚してないことも多い。

しかし、自覚がないまま社会に出るということは、とても危険なことなのだ。

なぜなら、子供の頃は周りと違っても「子供の個性」で済まされていたけれど、社会人となればそうはいかない。

責任をもつ仕事で失敗をすれば上司からは責められるし、周囲の信頼を失うことになる。

そして何より、失敗を落ち込むことでうつ病を発症する可能性が普通の人よりも高いことを自覚しなければ、危うい人生を歩むことになることを知ってほしい。

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発達障害は生まれ持った脳機能の個体差

かけっこをすれば足の早い子と遅い子に別れるように、それは生まれ持った運動能力により優劣が決まる。

発達障害はつまり、生まれ持った脳機能の個体差なのだ。

そして脳機能の個体差は身体機能と違い、社会に出てから人生に大きく影響する要素である。

足の早さなんて社会に出ればなんの役にも立たない。
必要になってくるのは、コミュニケーション能力、環境適応能力、情報処理能力と、すべて脳機能に依存するものばかりだ。

勉強に使うのは脳機能の一部でしかない

「学業の成績が優秀だから発達障害ではない」という考えは大間違いである。

テストの点数は高いけれど、感情のコントロールが苦手で、キレやすく周囲から孤立している子供がいるとしたら、脳機能に問題がある可能性が高い。

こういった「ちょっと変わってる子供」というパターンが社会に出てから大きな障害となるのだ。

発達障害が、ここまで社会的な問題として発展しているのだから、小学校から高等学校までに、学習能力だけではなく、脳機能という観点で様々な検査を実施していくようになれば、発達障害の自覚がないまま大人になってしまうことを防げるのではないだろうか。

もっとも、その場合は露骨に「発達障害」などといえば差別やイジメを引き起こしそうだから「適応検査」とでもしておくべきだろう。

これで「子供を差別するのは駄目だ!」という意見が出るなら、そもそもテストの点数や身体能力を競わせている時点で差別なのに今更何を言っているのかといった感じである。

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平等なんて嘘は求めちゃあいない

本当に必要なのは、「なんちゃって平等主義」ではなく、正しい事実である。

発達障害なのに「君は普通だよ〜」と言われながら成長することは、本人にとってみれば、嘘で騙され続けるのと同じだ。

無責任な嘘で育てられ、いざ社会に出たらどうにもこうにも上手くいかないことだらけ、それでも「自分は普通だ」と思い込まされているから、原因も分からず悩んで苦しんで鬱病になってボロボロになる。

自分を「普通」だと言っていた人たちも困惑するだけで何の助けにもなりはしない。

重要なのは事実である。

事実は残酷だが実在する。

実在するなら残酷であろうと対処できる。

実在しない嘘に踊らされていては何も解決しない。

私たちは本当の自分を知らなくてはならないのだ

 

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