部下に職場の老害と思われる上司、嫌われる理由はどの会社も同じだった!

会社の職場にいる老害がうざい 仕事の悩み

どの会社にも必ず一人はいるであろう”老害”と呼ばれる上司。

長年勤めて権力があるせいで、誰も文句がいえず、部下からは疎まれ影で悪口を言われているのに、本人は全く気にする様子もない。

迷惑きわまりない存在である。

部下の上に立つということは、部下を監督する一方で、部下からも常に監視されていることを忘れてはいけないのだ。

私がこれまで見てきた「老害」と呼ばれる人たちは、大体が同じような迷惑行為をしでかし、部下から嫌われていた。

今回は老害候補となっている人への警告も兼ねて、老害と呼ばれる上司がもつ特徴について書こうと思う。

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自信と横暴の違いを理解できない「勘違い上司」

仕事の経験を積むことで、過去の実績が自信になる。
上の立場にある人間が、自信なさげにしていては部下も心配になってしまうから、自分に自信を持つことは良いことだ。

しかし、それを「人の言うことを聞かないでいい」と履き違えている上司もいる。

いくら経験豊富だとしても、「オレの言うことだけ聞いてればいい」と踏ん反り返って人の話を聞かない上司は老害と呼ばれるだろう。

部下の意見を汲み取るのもまた、上司の大切な役目だということを誰か教えてやってほしい。

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部下の士気が下がっても気にしない「生ゴミ上司」

当たりまえだが人間には感情がある。
そして仕事をするのは人間だ。

だから士気が下がれば生産性も下がるし職場の雰囲気も悪くなる。

老害上司の「自分の居心地さえよければそれでいい」という考えは、そこに居るだけで部下の士気を下げてしまう。

仕事で問題が発生すると、周囲の目も気にせず部下を怒鳴り散らす。
それで本人はスッキリするのかもしれないが、会社の雰囲気は悪くなり生産性も下がる。

誰も近づきたがらないし、同じ部屋にいるだけで気分が悪くなる。
悪臭を撒き散らす生ゴミみたいなものだ。

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変化を受け入れない「化石上司」

いままでこうやってきたんだ!」は老害セリフのランキングNo.1ではないだろうか?

新しいことを覚える気が全くない上司は、変化を拒み、新しい試みをしようとする部下を潰していく。

けれど会社は長年勤めている上司に強く言えないせいで、体制も変わらない。

新しく入った若手も失望してすぐに辞めてしまう。

このような上司が居座る限り、組織は変化することなく化石のように古びていくのである。

社員の平均年齢も、気がつけば右肩上がりが止まらなくなっているだろう。

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ポジションを守ることしか考えない「ファッション上司」

実力はないが長年勤めてきたということで、今のポジションに居座っている上司は、自分には能力がないことを自覚している。

だから仕事で成果を出すために部下の功績をあたかも自分の手柄のようにアピールしたり、接待でご機嫌を取ったりと、あの手この手を使って、今のポジションを必死に守ろうとする。

だがそれっぽいフリをしているだけで、実際の仕事では居ても居なくても変わらない空気である。

仕事をせずに、やたらと面談や会議をしたがるのも特徴だ
部下からしてみれば、必要のない長話で実務の時間が奪われてウンザリである。

私が経験した中にはわざわざミーティングを開いて、何をするのかと思えば、皆に社訓を読ませて仕事意識を高めようとする上司がいた。

本人が仕事をしていないのに、根性論のような社訓を読ませても「お前が言えることじゃねえだろ」と批判を受けるだけなのに、本人はそれに気づいていない。

なんでこんな無駄なことばかりするのかといえば、仕事ができないからそれ以外で「部下に対して上司っぽいことをしてる雰囲気」を出したいのだろう。

中身のないことばかりするのも、上司という肩書きは当人にとって「ファッション」でしかないからだ。
それっぽく見せられれば本人は満足なのである。
部下にしてみればうざいことこの上ない。

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気分次第で対応が変わる「日和見上司」

機嫌が悪い時に話しかけると、嫌そうな顔を隠でグチグチと嫌味を言ってきたり、どーでもいいことで揚げ足取って部下に説教しようとする老害上司がいる。

自分の仕事が楽なときは部下に無駄話をさせる癖に、自分が大変なときに部下から質問されると、機嫌が悪いのを隠そうともしない

機嫌が悪いと部下を無視をしたり、話をしていても人の顔を見ずに適当な返事をする、そのくせ気に入った相手にだけはやたらと気さくに話し出す。

まるで子供のような態度をとる上司である

そんな社会人とは思えない情緒不安定な上司のおかげで、部下は話しかけるときに、いちいち機嫌を伺わないといけない。

めんどくさいことこの上ない老害上司である。

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老害になってから性格を直すのは困難である

人の性格は生きていけば変わることもあるが、はっきり言って「老害」と言われる年齢になってしまうと、性格を変えるほどの柔軟性は失われてしまい、改善は絶望的である。

大人になってしまうと、自分の考え方に疑問をもつことが出来なくなってくるのだろう。

「自分は既に大人だから完成している」と錯覚してしまうのかもしれない。

しかし、完成した人間なんてどこにもおらず、居るとしたら己を振り返る」ことを忘れてしまった人間ではないだろうか。

私たちは、こういった老害と呼ばれてしまう人を教訓としなければいけない

そうでなければ、いつの間にか自分が「老害」と呼ばれることにもなりうるのだから。

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