「失敗して否定されるのが怖い…」脅迫観念の原因は真面目すぎる自分だった!

不安障害のストレス 考えかた

心配性や神経質な人間は、いつも何かの不安に頭を悩ませている。
私もそういう類の人種なので、たとえ休日に遊びにいっているときでさえ、不安や悩みを全部忘れることはできない。
おはようからおやすみまで、へたをすれば夢の中まで悩みに取り憑かれているような気がする。

私が長年悩み続けて思ったことは、根本的な不安や悩みの原因は、表面的な問題の後ろに隠れていることが多いということだ。

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根本的な不安の原因を探る

それは私が会社を辞めて就職活動をしていたときだ。
なかなか次の会社が決まらずに焦っていたことがあった。

そのときは、就職活動は体力的にも疲れるし、お祈りされると自分の価値が否定されているから精神的にも辛い、だから早く次の仕事を決めたいと焦っているのだと私は考えていた。

もちろん、それは間違っていなかったのだが、もっと根本的な理由は別にあった

私は、内定がもらえないことよりも、内定がもらえない私に対する周囲の言葉が怖かったのだ。

「いつまでフラフラしているんだ」とか「転職ばかりしてるからそうなるんだ」とか、働いていないということや、仕事が見つからないという問題よりも、働いていない自分に対する周囲の反応にストレスを感じていたのだ。

考えてみれば、そのときは蓄えもそれなりにあったので、すぐに仕事を決めなければ生活に困る訳でもないし、私は元から会社で働くことに意欲的ではないのだ(笑)

それなのに、焦って早く仕事を見つけようとしていた。

私の中にあった本当の不安は「早く働かないと周囲から嫌なことばかり言われる」というものだった。

私を悩ませていた本当の原因は、仕事ではなく人間関係なのである。

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それが強迫観念だと気づいていなかった

私は一般的な人と価値観が合わない。
だから昔から、何かにつけて否定されることが多かったせいで、何をするにも「きっと周囲から否定される」という強迫観念に囚われていた。

(実際に会社を辞めたことを知った親や知り合いから否定的なことを言われたので気のせいではないのだが!)

それでも、実際に否定されるまえから、現実ではまだ起こっていない場面を想像してストレスを感じ続けていた。

これでは気が休まらないのも当然である。

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強迫観念が不安障害につながる

この強迫観念の恐いところは、繰り返せば繰り返すほど、その不安やストレスが大きく重くなってくることだ。

不安や恐怖によって思考が泥沼化していき、過度ののストレスに心が耐えきれなくなると、自律神経にまで影響を及ぼし、頭痛や動悸、吐き気など、体に不調が出てくる。

これが酷くなると人と会話をするときに、頭が上手く働かなくて考えがまとめられないことや、感情がコントロールできず癇癪を起こすようなこともある。

私は仕事で「自分が責任を負わされるかもしれない」「もし問題が起こって損失を出してしまったら」と考え続けていたせいで、常に頭痛と吐き気に苦しめられたことがある。

現実的に考えて、もし問題が起こっても私一人が全ての責任を負うことになどならない。
しかし、私は自分が責任を負わされるに違いないと思い込んでいた。

責任感と思い込みが強すぎる人間は、こうした強迫観念に囚われやすいのだ。

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自分を追い詰めるのはもう止めよう

不安障害は性格によるところが大きい。
自分に自信がなく、生真面目で心配性という人ほどその傾向が強い。

だからといって「もっとポジティブに考えればいいんだよ」と言われても、それでポジティブ思考になれる人間なら、はなから不安障害になどかからないだろう。

いきなり性格を変えるのは難しい、しかし、自分に優しくすることならできるはずだ。

強迫観念に囚われている人に足りないのは、自分に対する優しさなのだ。

真面目すぎる性格は自滅しやすい

自分でいうのもなんだが、私は妙に真面目な一面があった。

「自分の仕事には最後まで責任を負わなければいけない」というような考え方で、責任を自分一人で抱え込もうとしていた。

しかし、私はそれに耐えられるほど強い精神をもった人間ではなかった。

融通の聞かない真面目さが、精神的な負担を大きくしてしまっていた。

「こうじゃないとダメだ!」という思い込みをしている人は、それが自分を追い詰めていることに気付こう。

人は万能じゃないのだから失敗してもいいのだ

私は仕事の不安によって精神的に衰弱するうちに、ある考え方を身につけた。
それは「もし失敗したら、それは初めから自分の手には余るものだったので仕方がない」と自分に言い聞かせることだった。

無責任に思えるかもしれないが、責任感の強い人間は自分にやれることはちゃんとやるので、失敗したとしてもそれ以上はどうしようもないのだ

だったら、自分ぐらいは自分に優しくしてやっても良いのではないだろうか?

お前はよくやったよ、疲れたなら休んでいいさ」と言ってあげればいいのだ。

なぜマイナス思考が堂々巡りをしてしまうかというと、それは不安に対する逃げ道がなかったせいである。
「不安を忘れることは許されず、逃げずに向き合い続けなければいけない」
そうやって逃げ道を塞いでいたのは自分自身なのだ。

最高の味方であるはずの自分によって苦しめられるなんて、おかしい話だが、それに気づかないでいると、いつまでたっても不安からは抜け出せない。
自分を許してやることで、私の中に逃げ道ができたのである。

生真面目さゆえに自分を追い詰めて心を病んでしまっている人は、少し自分に優しくしてやってもいいのではないだろうか。

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