「嫉妬したくないけど周りが羨ましい…」他人に嫉妬しない方法

他人に嫉妬する前に自分を磨け 考えかた

「怒り」やら「悲しみ」やら、人というのはやたらと負の感情を撒き散らす生き物である。
その中でもとくに厄介な感情が「嫉妬」ではないだろうか。

嫉妬により怒り、悲しみ、憎む。
嫉妬はそれ以外の負の感情まで併発させるのだからタチが悪い。

そもそも、人はどうして嫉妬してしまうのか、その原因と解決方法について考えてみよう。

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人を羨む劣等感が嫉妬の材料

嫉妬の多くが人を「羨ましい」と思う感情から生まれている。
人の持っているものが羨ましいのと、持っていない自分への劣等感が合わさったときに「羨望」が「嫉妬」へと変化する。

自分より給料の高い人、自分より素敵な彼女(彼氏)がいる人、自分より人から信頼されている人。

羨ましいという感情も、憧れに止めておければいい。
そうすれば自分もああなりたいから努力する向上心にもつながる。

しかし嫉妬には良いところなどない。
嫉妬の特徴は、羨ましいと思った相手を自分と同じ位置に下げようとするところだ。
自分が上に登るのではなく、相手を下に引きずり落とそうとする。

そこにはなんの生産性もない。
ただ人の価値を下げるだけの惨めで迷惑な行為である。

嫉妬と悪意はセットで提供される

単純な「怒り」が握りしめた”グー”だとしたら、「嫉妬」による怒りは”パー”だ。
その手のひらには画鋲が付いている

こんな陰湿で不愉快指数100%の嫉妬は誰からも嫌われる。
怒りに支配された人間は「迷惑なバカヤロウ」だが、嫉妬に取り憑かれた人間は「おぞましい」のだ。

悲しいという感情も、嫉妬が混じれば相手が憎くてどうにかしてやろうと画策させる。
「悪意がある」という点が、嫉妬を厄介たらしめているのだ。

周囲の目を気にしすぎて自己評価が低い

人を妬ましく思うというのは、今の自分に満足していないからである。
そういう人は、自分の価値基準を持たず、周囲を見て自分の価値を決めようとする。
それじゃあ人いつまでたっても惨めな思いから抜け出せない。

「周りに比べてなんで自分はこんなに惨めなんだ」と、一生を周りに振り回されながら生きることになる。

成功した人があなたを馬鹿にしただろうか?
自分一人が相手を見つめているだけで、相手はあなたのことなど初めか見ていないはずだ。

今の自分に満足していれば、誰が大成功しようが、大金持ちになろうが、結婚して幸せになろうが関係ないのだ。

自分を受けて入れている人は、相手の地位や名誉に関わらず祝福をあげることができる。

そういう人間のほうが、自分で判断できない価値に振り回されているより、よっぽど幸せである。

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依存心も嫉妬に陥りやすい

上手くいってる他人が妬ましくてしょうがない人

自分にないものを他人がもっていると、それが羨ましくてしょうがない。自分の価値観で考えず人と比較してばかりいては幸せにはなれない。

対象は様々である。
「人」「金」「名声」
何かに固執している人間は、それを自分が手にしていないことが我慢できない。

「あれは自分が手に入れるべきなんだ! なんで別の人が持っているんだ!」
と他人を羨やみ妬ましく思う。

さらに嫉妬をこじらせると、自分が固執しているのにもかかわらず、対象を貶めるような行動にでる。
自分が手に入れられないという現実を受け入れられない人間は、こんどは事実を歪めるのだ。

嫉妬に取り憑かれた人の言い分はこうである。
「よく考えたらアレに大して価値なんてなかった、アレを手に入れて喜んでいる奴らは滑稽だ」

自分が持っていないこと、他人が持っていること、どちらも変えられない現実だから、自分の認識を変えようとする

しかし、いくら言ったところで本心は欲しくて欲しくてたまらないから、矛盾した感情が絡まって余計にややこしくなる。

本当はただ欲しかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまうのか、人間の心は複雑怪奇である。

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やってることは子供の「わがまま」と同じ

子供のころ、友達が持っている玩具が羨ましかった記憶はないだろうか?

あの子は玩具を買ってもらえるのに、どうして自分は買ってもらえないんだろう。

嫉妬している人間は玩具を買ってもらえなくて駄々をこねる子供と同じなのである。
ワガママを言ってるだけなのだ。

大人になると、なんでも手に入らないと気が済まなくなるのだろうか?

なんでもかんでも欲しがる子供は、親にたしなめられて我慢を覚えるが、大人になると叱ってくれる人も周りにいなくなるので歯止めがきかない。

子供なら泣いて喚くのがいいところだが、大人になると人を傷つけるようなこともできてしまうから厄介だ。

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解決方法は「なんでも手に入るわけじゃない」という当たり前を自覚すること

そういえば、ドラえもんの漫画にこんな台詞があった。

ほしいからって、なんでもかんでも手に入ると思うのは考えがあまいぞ。

欲しいものが何でも手に入るわけがない。
これを見た人は「そんなの当たり前のこと分かってる」と受け流すかもしれない。
しかし、本当に理解して自分の感情を制御できる人は少ないのではないだろうか?

嫉妬している人間が「自分が手に入れられないのはおかしい」と傲慢な考えをしているのはつまり「なんでもかんでも手に入る」と無意識に思い込んでいるからだ。

あまりにも非現実的なものは最初から手に入らないと理解できているのに、身近にあって、ちょっと手を伸ばせば届きそうなものだと「あれは手に入るもの」と思い込んでしまっているのではないだろうか?

その傲慢な考えこそが、嫉妬を生む原因なのだ。

もしも私たちが、それを知っても自らを諌めることもできない大人であるなら。
もう一度子供の頃をやり直さなければならない。

そして親から「ワガママいうんじゃありません」と叱られなければならないだろう。

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