「もう人生終わった…」と諦めないで!詰んだと思っても可能性は残っている!

人生終わったと諦めないで! 考えかた

人生を思い詰めている人間は、いつもおっかなびっくり生きている。
「もし今の仕事が無くなってしまったら、もうできることなんて残ってない、そうなれば人生の終わりだ」と考えてしまう。

私もネガティブな人間なので、布団に入れば将来のことが不安になって眠れないということを繰り返してきたが、最近はそれが少なくなってきた。

これは前向きになったというよりも、これまで何度も失敗してきたのに、未だ「万策尽きたあぁっ!」という状況に陥っていないという結果が、私を支えてくれているのだ。

ブラック会社が辛すぎて働き続けるのはもう無理だと思ったときも「けど、今の会社を辞めたらどこも採用してくれないのでは?」という不安でいっぱいだった。

しかしなんとかなった。

そしてまた失敗をして「今度こそもう終わりだ!」と思った。

けれどなんとかなった。

安穏と生きていけるほどに好転もしていないが、絶望的になるほど悪い状況はない。
私は次第に「諦めずにもがいていれば、人生ってそう簡単に終わるものではないんじゃないか?」と思うようになったのだ。

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灯りが消えたら、別の灯りが点く

私の人生に対するイメージは『広大で真っ暗な空間』だ。
何も見えない暗闇のなかには、灯りのついた電球が1つだけぶら下がっているのだ。
私はその灯だけを頼りに進んでいる。

人生にもう後がないという考えは「もしあの灯りが消えたら、この真っ暗闇のなかで進むことなんてできない」と思うのと同じである。

しかし、じっさいに灯りが消えてしまい真っ暗で途方に暮れた私が目にしたのは、違う電球の灯りだった。

不思議だ。
今まではそんなところに灯りなんてなかったはずなのに、今は確かに見えている。
そしてまた上手くいかなくて、今度はその灯りが消えてしまうと、また別の場所に灯りを見つける。

これは一体どうしたことか。
つまりこの真っ暗な空間には見えていないだけで沢山電球がぶら下がっているということなのだ。
しかもそれは、今点いている電球が消えれば、他の電球に光が灯る仕掛けになっているのだ。

「可能性」という灯り

絶望の中に光る希望

人生には目の前が真っ暗でどうやってこの先を進んでいいか分からなくなるときがある。しかし、可能性の光はどこかに残っていて、それは諦めずに探し続けることで見えてくる。

この電球はつまり「可能性」である。
一つの可能性が消えたら、必死になって別の可能性を探す、そうして人は新しい可能性を見つける。

それまで見えていなかったのは、他の可能性に意識を向けていなかったからだ。
目の前のことで精一杯だったから、他の可能性を探す余裕もなかった。

けれど真っ暗になったことで、必死に新しい可能性を探すから、今まで見えなかった可能性が見えるようになった。

私はこれまでに職を転々としてきたが、どれも自分が就くとは思いもしなかったものばかりである。
あらゆる可能性を模索することで、予想もしていなかった可能性を見つけたのだ。

ものによってはうっすらとしか光らないし、それがどれだけ続くかなんて分からないけれど、とりあえず何も見つからないまま途方にくれたことはない。

もし真っ暗だと思うなら、それは灯りが小さすぎて気づいていないのかもしれない。
もしくは、灯りは見えているのに「あんなのは自分の求めているものではない」と見えないフリをしているのかもしれない。

電球が何個も点いているときはご用心

可能性が沢山見えすぎるのも問題だ。

どうしても目移りしてしまい「あっちもいいな、けどあっちも捨てがたいな」とフラフラしてしまうから、結局どっちつかずになってしまう事がある。

コレと決めたら、とりあえず他の可能性は一旦保留して、全力でそこに向かうべきだ。
欲張っても全部手に入れることはできない。

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諦めて何もしなければ可能性は見つからない

今まで見えていた可能性が消えてしまうのは辛い。
いきなり真っ暗闇に放り込まれたら恐くて足がすくむ。
新しい可能性を模索しているときは不安になるのはしかたない。
「本当にまだ可能性はあるのか?」「もうダメなんじゃないのか?」と考えそうになってしまう。

しかしそれでも、諦めてもがくのを止めてはいけない。
諦めた時点で、本当はあるはずの可能性が見えなくなってしまう。

私も暗闇で試行錯誤しているときは精神的に苦しく。正直しんどい。
しかし、それでも最後には何かが見つかっているから、いまだに人生が終わることはなく、あくせくしながら生きている。

だから同じように暗闇で諦めそうになっている人は信じてほしい。
可能性は見えてないだけですぐそこにあるのだと。

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